のんのんびより りぴーと #08「給食当番をした」形に残すことで蘇る思い出もまた良いものですなぁ。
少し前の旭丘分校は今以上に騒がしく楽しそうだ。




もう一度夏休み前に戻りたいという夏海のタイムスリップ願望が叶ったわけではないが、今回は物や出来事から想起される各々の思い出を描き、その大切さに迫った回だったのかなと感じる。りぴーとで春から起こった出来事の合間の姿を描いているので、夏海の願望についてもメタ的な視点で見ると叶っているのだけど、それについては置いておこう(笑)
思い出の残し方は人それぞれで異なるし、その時々によっても違ってくるもの。形には残さず心の中に思い留めておくこともあれば、写真や象徴的なアイテムを手元に置いて形として残すこともある。何らかのイベントそのものが思い出を想起させる出来事として残ることもあるのだろう。その在り方はまさしく千差万別だ。
給食当番とカレーは越谷兄妹にとって凄惨な事件を想起させる象徴になっていましたが、これは出来事が思い出を想起させるパターンに当たるのかなと。今よりも学校に居る人数が多く、越谷兄妹よりも年上の人が同じ生徒という立場で同じ空間に居る。人間関係にしても今と当時では異なるし、幼いが故に今では見せないような反応を見せたことも新鮮で面白い。
事のきっかけを作った張本人のれんちょんが当然だけど何一つ覚えておらず、同じ空間に居たのに受け取り方も人や立場によって変わるのがまた面白い。小鞠や夏海は給食でカレーが出てくる度に、あの事件を思い出すのだろうが、れんちょんはそうではない。最後にシレッとカレーを口に運ぶ姿だけが当時と被るけど、今と当時で反応が異なる。その差がまた秀逸である。
それとは別に何かの物品が思い出を繋ぎ止め想起させる姿が、主に小鞠中心で描かれていた。夏海のスーパーボールや小鞠のアルバム。そして先のカレー事件でも登場していた小鞠が大事にしている「しょうきちさん」のぬいぐるみは、幼少期の小鞠に常に付いて回り様々な思い出を共に共有してきた象徴的なアイテムとして機能していた。
かように今回は物品から想起される思い出の方に、より焦点が当てられていた気がします。冒頭の工作エピソードについてもその一環であったように思う。れんげと夏海が作った居眠り防止用のアイテムは今すぐに思い出どうこうとして機能しない物かもしれないが、駄菓子屋に贈呈され時を経た時に意味を持つアイテムの一つであったように思います。
駄菓子屋にとっては可愛がっているれんげ達から贈られた物として、れんげや夏海にとっては工作の時間に色々とお馬鹿なことをやりつつも、楽しい時間を過ごした思い出の品として残るだろう。修復されたしょうきちさんにしてもコマぐるみにしても同じことで。時間が経過した時に「今」の楽しい時間を想起するための物品として形として残っていく。
今回のカレー事件や第1期の10話のように、一方が覚えていてももう一方は覚えていないこともあるかもしれない。人の記憶や思い出はおぼろげで移ろいやすく不確かなものである。だから人は形に残し留めようとするのかもしれません。例え特別に高価ではなくありふれた物でも人によっては思い出の象徴たる大切な物になり得るのもそのためで。
いつか時間が経った時に楽しい時間を思い出す何らかのキッカケとして機能するのなら。そしてその時に思い出を共有できる友達が変わらずに居るのならいうことはない。だからこそ今は楽しい時間を積み重ねていって欲しい思いで一杯なのです。思い出の留め方や尊さを改めて考えさせられる良い回でありました。


りぴーと2話の時点では物も少なく至って健全だったはずのほたるんの部屋が、すっかり
クレイジーサイコレズ仕様に…。しかしコマちゃん先輩への異常な愛を形にしたこまぐるみにしても、いつかは先輩との楽しい時間を思い出す象徴的な物になると思うと、大事な意味がある物として捉えることも出来るではないか!あんな数はいらないかもしれないけど(笑)
今回は他の皆のぬいぐるみもさり気なく出てきたけど、やっぱり見た目においても語感の良さにおいてもこまぐるみ一強なのかなって思ったり思わなかったり。ぬいぐるみに込められた愛の差がそう見せてしまうのか。やっぱりほたるんの愛って重いや!
にほんブログ村
- 関連記事
-